ホアロー収容所跡
フランス統治時代の1896年に建設が始まった刑務所の跡です。敷地の一部が残され、史跡として公開されています。
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解説文
短い解説(約1分)
ここはホアロー収容所の跡です。フランス統治時代の1896年に建設が始まり、フランス語で「メゾン・サントラル」と呼ばれました。植民地時代には、ベトナム人の政治犯が収容されました。ベトナム戦争中には、アメリカ軍の捕虜も収容されました。1993年に敷地の大部分が取り壊され、いまは一部が史跡として残されています。
詳しい解説(約3分)
ここはホアロー収容所の跡です。この場所は、かつてホアロー村の一部でした。ホアロー村は、土で作るこんろや鍋の産地として知られていました。ホアローは、漢字で「火炉」と書きます。
刑務所は、フランス統治時代の1896年に建設が始まりました。完成前の1899年から使われはじめ、1901年に完成しました。フランス語では「メゾン・サントラル」、つまり中央刑務所と呼ばれました。もとの敷地は、およそ1万2,900平方メートルありました。周りは、高さおよそ4メートル、厚さおよそ0.5メートルの壁で囲まれていました。
収容人数は、1913年の改修で600人に増やされましたが、1954年には2,000人以上が収容されていました。植民地時代には、ベトナム人の政治犯が多く収容されました。
1954年のジュネーブ協定の後、刑務所はベトナム民主共和国の管理下に入りました。ベトナム戦争中には、アメリカ軍のパイロットなどの捕虜も収容されました。最初に送られた捕虜は、1964年8月5日に撃墜されたエベレット・アルバレス・ジュニアです。アメリカ人の捕虜は、ここを「ハノイ・ヒルトン」と呼びました。
1993年、敷地の大部分が取り壊され、跡地にはハノイタワーズなどのビルが建てられました。残された2,000平方メートルあまりの区画は、1997年に歴史遺跡に指定されました。館内では、フランス統治時代に使われたギロチンや、収容者の暮らしを伝える展示、アメリカ人捕虜についての展示を見ることができます。
基本情報
- 開館時間
- 毎日 8:00〜17:00(祝日・テトも開館)
- 料金
- 確認中です
- 目安の所要時間
- 60分
マナー
- 多くの人が収容された場所です。館内では静かに見学しましょう。
- 展示物には手を触れないでください。