ハノイ歌劇場(ハノイ大劇場)
1901年から1911年にかけて、フランス統治下で建てられた劇場です。パリのオペラ座(ガルニエ宮)を手本にしています。
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ハノイ歌劇場の外観
解説文
短い解説(約1分)
ここはハノイ歌劇場、ベトナム語でニャーハットロンです。フランス統治時代の1901年に工事が始まり、1911年に完成しました。パリのオペラ座、ガルニエ宮を手本にした建物です。フランスがインドシナに建てた三つの歌劇場のひとつです。1946年には、ベトナムの最初の国会がここで開かれました。1995年から1997年にかけて、大きな修復が行われました。
詳しい解説(約3分)
ここはハノイ歌劇場です。ベトナム語ではニャーハットロン、「大劇場」という意味です。フランス語では、オペラ・ド・アノイと呼ばれます。
この劇場は、フランス統治時代に市立劇場として建てられました。工事は1901年6月に始まり、およそ10年後の1911年12月に完成しました。建設費は200万フランでした。手本になったのは、パリのオペラ座、ガルニエ宮です。正面は、チャンティエン通りにまっすぐ向いています。新古典主義の様式に、いろいろな様式を組み合わせた建物で、設計にはフランス人の建築家たちが関わりました。フランスがインドシナに建てた三つの歌劇場のひとつで、ほかの二つはホーチミン市とハイフォンにあります。
劇場の前の広場は、いま「八月革命広場」と呼ばれています。1945年8月、この広場では大きな集会が開かれました。同じ年の9月16日には、ホー・チ・ミンがこの劇場で、「黄金週間」と呼ばれる募金運動を始めました。
1946年3月2日には、ベトナム民主共和国の最初の国会が、この劇場で開かれました。その後も国会はここで開かれ、1963年まで続きました。
20世紀の終わりには、建物はかなりいたんでいました。そこで、1997年にハノイで開かれるフランス語圏の首脳会議に向けて、1995年から1997年にかけて大がかりな修復が行われました。
2011年、劇場と前の広場は、国の歴史・建築遺跡に認定されました。正面の階段から、ぜひ建物全体の形を眺めてみてください。
基本情報
- 開館時間
- 確認中です
- 料金
- 確認中です
- 目安の所要時間
- 30分
マナー
- 公演を見るときは、きちんとした服装で、上演中は静かにしましょう。
- 寺院での服装: 寺や祠では、肩やひざが隠れる服装が望ましいです。薄手のストールが一枚あると便利です。
- お参りのマナー: 建物に入るときは帽子を取り、声を落としましょう。お参りしている人を撮影するときは、ひと声かけましょう。